海野しぶきブログ 親二人、無事に見送りました

アルツハイマーでゆっくり逝った義母といろんな病気で慌てて逝った義父の介護備忘録

アルツハイマーの祖母のお見舞い。さて、わが家のひきこもり娘は?〈元記事は2016/07/13〉

休日に、娘(この当時16歳)の買い物に付き合って家族で出かけることになりました。

その場所が、義母(娘にとっては祖母)が入所している施設の近くだったため、前日の打ち合わせの際に私から、久しぶりにお見舞いも兼ねて出かけるのはどうかと提案しました。

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ちょうど先週末は娘のいとこも祖母を訪ねています。
実は、一族では娘だけが久しくお見舞いに行けてないのです。
義母が寝たきりになった時が最後なので、かれこれ1年半は経ってます。

近所に義父がおりますから、孫が不登校、ひきこもりで大変な時期だとはわかってもらっていますが、嫁としては気になるところ…。


私からお見舞いを提案した時は、気軽に「いいよ。」と言っていた娘。
ですが、翌日約束の時間には起きたものの、食事している時から既に雰囲気があやしげ…。


私から夫にそっと娘には聞こえないように「行くと言っていたけど、無理そうだねぇ。」と言うと、

彼は「オレは元々お見舞いは無理だと思ってたよ。」と言いました。

買い物は目的の物があるから娘もしたいだろうけど、お見舞いはハードルが高いから無理だよ、と。
娘にお見舞いをさせたいのは、私の希望の押し付けで、娘から希望したわけじゃない。
だから、ベッドで突っ伏している娘はそのまま放っておいて、お見舞いと自分たちの用事を済ませよう、と言うのです。

……確かに、私の希望、ですね。
つまり、過干渉でした。


都市部に住む核家族の若い世代は、歳老いて死にゆく人との接触が全くない生活を送っているため、命の尊さを身近に感じられない、と言われる世の中です。

そして最近の風潮としては、命の終わりを忌み嫌うのではなく、機会があれば子どもにも積極的に関わりを持たせた方がいい、と言われています。

私自身が常々そう感じていたので、ぜひ娘にも祖母と対面して欲しかったのですが…。
しかしそれは、夫の言うとおり私の価値観の押し付け。
寝たきりの、意思疎通できない人とコミュニケーションしろと言うのは、娘のようなタイプの子にはかなり酷なことのようです。


私は将来、娘が精神的に成長した時に、祖母のお見舞いに行かなかったことを後悔したら可哀想だなぁと思っていました。
が、やはり過干渉でした。
後悔したら、それはそれで娘の選択でそうなったのであり、私の責任ではないんです。

夫にこう言ったら、夫は最初からそう思っていたそうです。
自分だって実の母親のお見舞いが苦痛なのだから、今の娘には無理だし、わざわざさせる必要ない、との考えなのです。


!! そうだった…。

夫の兄弟は、長男も次男(夫)も、二人とも一人では実母のお見舞いができないんだった…。
長男はいつも父親と、次男は私と一緒じゃないとできないんです。
寝たきりの人の横に突っ立って、ぼーっとしているのは堪えられないみたい。

……まぁ、娘が祖母に会うのを怖がるのも、仕方ないかな〜。
冷静?な夫のおかげで、私の希望や期待で膨らんだ過干渉な思いも、リセットすることができました。


お見舞いは、もちろん夫と二人でしてきました。

それにしても、実の子どもって、親に対して冷静を通り越して、ドライだなぁ〜。
親から子への想いとは、全然違いますよね…。
世の中、そんなもんなのかな。