海野しぶきブログ 親二人、無事に見送りました

アルツハイマーでゆっくり逝った義母といろんな病気で慌てて逝った義父の介護備忘録

娘の希望通り、みんなのスケジュールを考えて旅立ったおばあちゃん

前回、義母が亡くなった時のことを書きました。


【それがこちら↓】

oyamiokuri.hatenablog.com

 

今回は、以前『思春期ブルー相談室ブログ』の方でアップしていた記事を元に、久しぶりに娘が登場します。


2017年の8月は、娘の大ファンであるアイドルグループの夏のコンサートがスタートしていました。
娘は今回、仲良しの友だちと相談して東京のコンサートだけではなく、比較的近い名古屋でのコンサートにも参戦です。
何ヶ月も前からプランを練り、日にちが近づくと服を買いに行ったり、美容院に行ったり…。

入院中のおじいちゃんや、看取りの時期に入っているおばあちゃんのことも気にはしてくれていますが、コレとソレは別なんです。
行かない、という選択肢は娘にはないんですね。

娘が名古屋に出発したのは、8月4日金曜日のことでした。
帰宅は8月7日の月曜日です。
出発前の夜、スケジュール確認をしている時に
「わかってるとは思うけど、おばあちゃんがもしもの時はメールとか電話とかするからね。」
と言うと、
「あーあ〜、おばあちゃん、空気読んでくれないかなぁー?」
なんてふざけて言っていた娘。

「おじいちゃんは入院してるし、一族の試練だよね。」
とも言ってました。

なかなか的を得たオトナな発言に、笑いつつも気が引き締まる感じ。

ところが、まさかのまさかなのか、予感通りとなったのか、娘が出発した翌日に義母は危篤に陥ってしまいました。

まずは近くに住んでいる私たち次男夫婦が施設にかけつけ、ついで夫が病院に義父を迎えに行き、夕方には長男夫婦も到着し、家族が揃いました。

義父のいない隙に、長男夫妻とうちで子どもたちの予定を確認すると、うちの娘と、いとこの大学生の男の子が、全く同じ日程で予定が入っていることが判明。

ともに8月5日土曜日の今現在、観光地にいて(かたやコンサート、かたやバイト)、一旦8月7日月曜日に戻るけれども、また13日の日曜日からいなくなってしまう、という…。
いとこは船での旅ということですし、うちの娘は4日連続の東京コンサートのために、友だちがわが家に泊まりに来るのです。

間に5日しかない……。

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ええ〜〜ッ!?
おかあさ〜〜んッッ!!!

ってみんなで驚きましたが、わが娘の言葉を受けて、義姉も
「おばあちゃんならきっと空気を読んでくれるに違いない。」
と言ってました。

さて。
おばあちゃんが危篤の情報は、名古屋にいた娘が混乱してしまうとかわいそうなので、何も言いませんでした。

帰宅予定の8月7日(月)、元々は夕方に名古屋を出発する予定でいたのですが、台風の影響を考えて、時間を早めて昼ごろ帰ってきた娘。

東京駅まで迎えに来てほしい、と私宛てにメールで要請があったのですが、私は一人で義母のそばで見守っていましたから、会社にいる夫が請け負って、その返事からしてくれました。
娘はそのメールで初めておばあちゃんが危篤のことを知ったのです。

電車や新幹線で酔いやすく、しかも天候の影響を受けやすい娘は、嘔吐を繰り返しながらなんとか力を振り絞って自力で帰宅したようです。
夜遅くまで誰も帰って来ませんし、ずっと不安だったに違いありません。
私たち夫婦が施設から帰宅するなり、玄関で名古屋でのトラブル続きの大冒険話を聞かせてくれましたが、よっぽど怖い思いをしたらしく、途中で泣き出して私に抱きついてきました。

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行った先の宿が予約の手違いで泊まれないことがわかって怖かったのに(同行した友だちの親戚の家に泊まらせてもらったらしい)、帰る時も台風で怖ければ、お腹は痛いし気持ち悪いしで大変で、私に救いを求めた東京駅ではおばあちゃんの危篤を父親からのメールで知らされ、散々な日だったわけです。

私からは、おばあちゃんの意識がなくなったのはあなたが出発した次の日の土曜日だけど、おじいちゃんが一晩隣にベッドを置いて2人で寝たら、持ち直したことを話しました。

おじいちゃんはずっとそばにいる気満々だったけれども、体力的にも厳しいから病院に戻ってもらったこと。
また、おばあちゃんは、もう何も食べも飲みもしなくなって3日経つし、意識もない状態だから、あと何日も生きるわけではない、と伝えました。


私たちもいろいろ必死ですから、その後、旅疲れの娘は放置したまま…。

そして8月9日水曜日。

義母は、みんなのスケジュールを考えたかのように亡くなりました。

息子は二人とも夏休み中。

葬儀の日取りも、友引でお休みの日があったため、ギリギリとなりましたが、 13日(日)の朝一番に執り行うことになりました。
娘は、葬儀が終わったらその足で東京ドームコンサートに向かいましたし、甥っ子もその日の夜、船で出かけました。
つまり、誰も予定の変更をせず、みながスケジュール通りにできたのです。


おかあさん、ほんとにお見事!
ここまで空気を読んでくれるとは!

やっぱりわかっていたのかな。

こういう不思議なことが、まるで元々決まっていたかのように、普通に起こるもんなんですね。
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