海野しぶきブログ 親二人、無事に見送りました

アルツハイマーでゆっくり逝った義母といろんな病気で慌てて逝った義父の介護備忘録

8月9日の夜。天国へと旅立った祖母の愛を知った娘

今回も義母が亡くなった日の話です。

夕方に義母が亡くなり、入院中の義父を迎えに行ってから施設でおかあさんとお別れをし、また義父を病院に送り届けてからの話。

前回の記事の続きになりますが、今回は娘の話題です。


【こちらは義母が亡くなった時の記事になります↓】 

oyamiokuri.hatenablog.com

 
2017年の夏、絶賛ひきこもり中の娘は17歳で、行っていれば高校3年生の年でした。
大ファンのアイドルグループのコンサート旅行で名古屋に行っている間に祖母が危篤になってしまったため、千葉の自宅に戻ってきても自分は蚊帳の外みたいな感覚だったようです。

私は一応施設から帰宅したら、おばあちゃんやおじいちゃんの情報、施設の人から聞いたことなどは娘にも伝えていたんですけどね。
まぁ、現場にいませんし、また本人のエネルギーもダウンしていたので、仕方なかったとしか言いようがありません。

義母が亡くなった8月9日水曜日の夜遅く、私たち夫婦で義父を病院に送り届けてからようやく帰宅。
留守番していた娘と3人であり合わせのもので夕食を食べ、疲労困憊の私は翌日に備えて早く寝たかったのですが、娘の様子を見ると、そういうわけにもいかない感じでした。

すねているというのか、機嫌が悪いというのか…。
甘えたい気持ちを通り越して、かまって欲しくて怒っている、という感じですかね。

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こういう様子はいかにもST気質(発達障害及びその周辺のグレーゾーン)っぽく思えます。
私も見てしまった以上無視するわけにもいきませんから、ちょいと気合いが必要でしたが、娘がベッドに潜り込むのを確認してから娘の部屋に入っていきました。

布団をかぶって横を向いている娘の肩をポンポンとすると、クルッと振り返って手を伸ばしてきました。

娘曰く、普段は母親である私が掃除したり、ご飯を作ったりする音を聞いて、なんとなく今の時間を知っているようなんですが、私がずっといなかったので、今が何時かもわからない状態がずっと続いていたんだとか。

名古屋旅行は、予想外のハプニングがあってヘビーだったので、帰宅後のダメージも相当なものでした。
それで私はあえて起こさず、食べ物だけ用意して出かけていたのですが…。
たぶん、本当はいろいろ話したかったんでしょうね。
おばあちゃんが亡くなったことも、娘はその場にいなかったので、ちゃんと話して気持ちの整理をしたかったのかな…?
夫はいち早く寝てしまい、大きないびきがもれ聞こえてくるのをBGMに、真夜中、2人でしばらくおしゃべりしました。

私は、
「おばあちゃんね、魔法使いみたいだったよ。」
と話し始めました。

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あなたが言っていた通り、おばあちゃんがどれだけ空気を読んだか。

お部屋も掃除してもらって、シーツも交換してもらって、からだもきれいに拭いてもらって、その曜日まで考えたかのように亡くなったこと。

礼儀正しく、施設のスタッフ全員に挨拶をして。
おばあちゃんの担当の子が夏休み明けで出勤してくるのを待っていたこと。

おじいちゃんにはナイショにしてるんだけど、私が一人でいた日にパッチリ両目を開けて微笑んでくれたこと。
きっとこれは私にだけの特別サービスで、お別れの挨拶だったんじゃないかと思う、ということ。

おじいちゃんは1日だけ病院から外出許可をもらって施設に泊まったんだけど、せっかちすぎるし、自分の病気を忘れてしまうので困ったこと。

ママは次男の嫁なのに、おばあちゃんの施設でも、おじいちゃんの病院でも「長女さん?」と言われたこと。
長女と間違われたことを、施設のケアマネジャーさんが「次男さんのお嫁さんなんですよ〜。」とその場の人たちに説明してくれたこと。

おばあちゃんは、とってもガマン強い人で、あなたがママのお腹にいたころに乳がんの手術をしたんだけど、一度も怖いとか不安だとか言ったことがないこと。
今回ももしかしたらどこかに直腸ガンの痛みがあったかもしれないけれども、結局一度も痛み止めを使うことなく、眠ったまま亡くなったこと。

おばあちゃんはアルツハイマーになる前におじいちゃんとよくテレビで野球を見ていたのに、病気になって全く興味がなくなってしまったから、本当に好きだったのか、それともおじいちゃんに合わせて見ていたのか、どっちかわからなかったの。
でもおばあちゃん、8月9日の「野球の日」に亡くなったから、きっと本当に野球が好きだったんだね、とパパと話題にしたこと。

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あなたが不登校になって、お見舞いができなくなったころ、寝たきりで、もう会話もできなくなっていたおばあちゃんに、あなたのことを報告したら、頭を枕から一生懸命に持ち上げて、はっきりとひと言「いいんだよ。」と言ってくれたこと。

(娘号泣)

おじいちゃんだって、長い人生を考えたら、不登校やひきこもりなんて、大したことない、って言ってくれてること。

(娘さらに号泣)

このおじいちゃんとおばあちゃんの言葉は、あなたが中学の不登校の時に言ってくれたものだったけど、たぶん、その時に言っても、ちゃんと聞いもらえなかったと思う。

・・・と言いました。

すると娘は、
「4年前。中学2年。あん時はムリだった。」
と言って泣いていました。

私は、
「あなたが不登校にならなかったら、あなたが人よりずっと繊細で、愛情も人よりたくさん必要なことに気づかないままだった。
だから、不登校になって、気付けて良かったと思っている。
それも、今この関係になれたから伝えられたわけで、あなたは私たち親の愛情だけでなく、おじいちゃん、おばあちゃんからも、オジイ、オバアからも、いっぱいいっぱいもらっているんだよ。
やっと言えるときがきたね。
おばあちゃんのおかげだね。」
と言いました。

娘は、「うん、うん。」と泣きながらうなずいていました。

ほかにもいろ〜んなことを話しましたが、最後に娘をハグしながら、
「私はあなたのおばあちゃんが大好きで、とっても尊敬しているから、そのおばあちゃんの血が流れているあなたがうらやましい。」
と言って、おやすみなさいとなりました。


今回はここまでです。
お読みいただきありがとうございました。  

 

【義母に「いいんだよ」と言ってもらった時のエピソードはこちらの記事です↓】

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