海野しぶきブログ 親二人、無事に見送りました

アルツハイマーでゆっくり逝った義母といろんな病気で慌てて逝った義父の介護備忘録

信じられないことに、義父がまたまた入院!蜂窩織炎で4度目です

前回の記事にしたことは2017年10月3日(火)のことで、その翌日は夫の誕生日でした。
なので、週末にわが家の3人と義父の計4人で、お祝いにご飯でも食べに行こうという約束をしてました。

私は火曜日に義父の病院付き添いをして以降、水木金と3日間会わなかったので、土曜日に食事に行った時はものすごく久しぶりに会う感覚でした(電話はしてたんですけどね)。

それだけ頻繁に会っていたということなんですが、どうも会っていない間に具合が悪くなり始めていたようです。
前日の電話でも、食事会当日の電話でも、ひと言も言ってなかったので、まさかこんな展開になろうとは想像だにせず…。

食事の席で、ほんのちょっとだけお酒を飲んで、やっと言う勇気が出たんでしょうか。
何と、2種類出されている抗生物質のうち、一種類を10日間も飲み忘れていたことが発覚しました。

( ̄◇ ̄;) ガーン!

私は週3で会うたびに、薬の飲み忘れはないか、熱や足の腫れ、赤みはないかチェックしていたのに、おとうさんは忘れ切っているために、自信を持って「大丈夫!」と答えていたのでした。
大丈夫と言われたら、それを信じるしかなく、私も薬を数えることろまではしてなかったんです。

10日前からということは、義母の年金停止手続きをしたあたりから。
なんとか薬で抑えていたわけですから、薬の量が減ればまた炎症が起こるわけで…。

発熱したんですねー。
しかも、この時点でおとうさん、まだ言いません。
言ったのは薬を飲み忘れたことだけです(ーー;)


ところが、からだは正直ですね。
食事が済んで帰る時に、おとうさん心臓が苦しくなって、5メートルも歩けずに止まってしまいました。

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休み休み、とにかくタクシーに乗り帰宅。

いつもならマンションの入り口で別れるのですが、その日は心配だったので私と夫で家の中まで送り届けたところ、ようやく
「実は微熱があるんだよね。」
と白状しました。

まさかの告白に、私たちも衝撃でしたが、その場で検温すると確かに微熱。
この日はもう夜ですから、とにかく休んでもらい、また明日様子を見に来ることになりました。

そして翌日の10月8日(日)。
おとうさんからこんなラインが来ました。

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またもやおとうさん熱のことは黙っていますが、すでにこの時は高熱になっていました。
どんだけ私たちが怖かったんでしょうね〜。
どうせわかることなのに、助けを求めるのがイヤなんですねー。

とりあえず私と夫でまずはおとうさんの家に行きました。
検温すると、本当は電気スタンドどころじゃない、38.5度の高熱です。
しかし、ここは作戦会議が必要なので、おとうさんご希望の電気スタンドを確認してからホームセンターに行きました。

もう4回目の蜂窩織炎ともなれば、この先どうなるか私たち夫婦もだいたい想像がつきます。
夫はせっかくの3連休を台なしにされることに腹を立てていましたが、85歳になる親に言えないですものね〜。
2人の時にこっそり悪態つきまくって、発散しながら最善の方法を考えました。

結果、入院するならこれまで3回入院した病院ではなく、心臓を診てもらっている地元の病院の方がいいだろうと判断。
家から病院まで距離的にも近いですし、万が一心臓の緊急手術になった場合を考えると、蜂窩織炎のことだけでなく、全身的に対処できる病院の方が安心ですからね。


そこで、電気スタンドを購入した後は一旦自宅に戻り、地元病院に電話して、どうしたらそちらに入院できるかを相談しました。

その日は日曜日で診察は救急外来を受診することになりますが、現状おとうさんはその病院では循環器内科でしか受診していません。
今後の展開も考慮して転院を考えるのであれば、蜂窩織炎は整形外科なので、元々の病院から紹介状をもらって、救急外来の時間に間に合うように受診できれば一番いい手順で入院できる、と教えてくれました。

そして、元々蜂窩織炎でかかっている病院にも電話をかけましたら、今日は休日診療もやっているとのことだったので、事情を説明し、紹介状が必要なことも伝えた上でおとうさんを連れて受診しました。

車の乗り降りもできないほどの弱り切った老人を二つの病院に連れて行くのは気が引けましたが、この日は日曜日で夫がいますから、私としては大助かりです。

しかも3度も入院した病院の休日診療のドクターは、主治医とは違う人でしたから、転院希望も言いやすい状況。
血液検査の結果、炎症反応は7.0( 正常値は0.4以下)。
ドクターも「完全にアウト、入院ね。」と実にサバサバと紹介状を用意してくれました。

そこから大急ぎで地元病院へ移動し、受付け時間ギリギリに滑り込みました。
すると、その日の救急外来担当は、先日義父のエコー検査を担当してくれた女性ドクターでした。
名前も覚えていてくれましたし、状況もよく理解してくれていたので一から説明しなくても大丈夫で、ホントに心底助かりました。

 

義父はこの時点で熱は39度、血圧97/52、脈拍100で相当弱ってます。
心臓が苦しくて眠れなかったらしく、心不全の可能性とのこと。
即入院手続きとなりました。

(結局、このドクターが義父の主治医となり、心臓と蜂窩織炎を両方とも診てくれました。)

 

あまり楽観できない状況でしたし、今は高熱のため、トイレもナースコールです。
でもおとうさんは一人で行こうとしてしまうので、一人にさせるわけにも行かず、入院生活に必要なものは、夫が一人でおとうさんの家に戻って用意して来ることになりました。

ドクターによると、入院は2週間以上。
また、緊急で心臓手術になった場合は、元々大動脈弁狭窄症の手術を予定している都内の病院に搬送するとのこと。

蜂窩織炎での入院なのですが、心臓の方もかなり危険な状況ということがわかります。


この日は、病院から自宅に帰ったのが夜9時半。
夫も私も、筆舌に尽くしがたいストレスでしたが、つくづく半ば無理やりにでも転院して正解だと思ったのでした。

それでは、この続きはまた次回に書きますね。