海野しぶきブログ 親二人、無事に見送りました

アルツハイマーでゆっくり逝った義母といろんな病気で慌てて逝った義父の介護備忘録

2018年8月11日義母の墓参り。そして義父白内障入院当日、夫が父親の衰えに驚いた件

思春期ブルー相談室ブログではがんばって更新していますが、こちらのブログでは2020年に入って初めての記事になります。

ポツリポツリですが、今年もよろしくお願いします。

それでは前回の続きです。

 

2018年8月10日(金)に、これまでのせん妄状態からやけにシャッキリした義父と金庫の中身を整理し、仏壇の下の戸棚にある引き出しに中身を動かしました。

その日に起こったことはこのブログでも2回に分けて書いたほどいろんなことが起こったので、当時ブラザーズとのライングループに報告するのも大変でした。

私は通帳の中身は見ていませんが、それでも印鑑とともに動かしたわけですし、息子たちから誤解を受けるようなことになったら困るので、夜遅くなってもいいからとにかくその日のうちに詳細を伝えて情報を共有しておきました。


翌日8月11日(土)は、夫と2人で義母の墓参り。

おとうさんが義母の一周忌前日に転んでしまい、みんなでのお墓参りができなかったのが気になっていたんですね。
8月9日が初めての命日だったこともあり、もうここは2人だけで行こう、となりました。

義父は自分のことに精一杯で、お墓参りをするような余裕もありませんでしたし、「言ってもムダだから言わなくていい」と言う夫の判断で、誰にも言わず黙って行きました。


その日義父からは、退院して困らないようにというつもりだったのでしょうが、水を買ってほしいと頼まれました。
それで、ネットスーパーで500mlの水を1ケース購入し、義父宅に届くように手配。

義父からは届いたと連絡がありましたが、ダンボールが開けられないとのこと。
今飲む水がないわけじゃないから、と言うので、翌日病院に行く前に開けるから、と伝えました。


そしてその2018年8月12日(土)。
いよいよおとうさんが待ちに待った白内障手術のために入院する日です。

夫がこの時おとうさんに会ったのは、8月3日病院での検査に同行した以来。

ほぼ毎日、私はライングループで義父の様子を報告していましたし、夫には直接愚痴といってもいいほどのことを伝えていたので、日に日に衰え、せん妄状態が進行していることを知ってはいたのです。

でも、目の当たりにするとやっぱり驚くようでした。


まず夫がショックを受けたのが、前日に届いた水のダンボール箱を開けて、納戸として使っている玄関脇の部屋に運んだところ、まだ大量の水がその部屋にあったことです。

からしたら、義父がそういう在庫管理ができないのを見るのはよくあることですから、あ、またか、くらいなんですけど、夫はショックだったみたい。

しかもおとうさん、

「あの部屋はなかなか行く機会がないから、あるのを忘れちゃった。」

と言い訳をしたものですから、やはり認知症もあるのではないかと感じたようです。


実はこんなこともありました。

その日は久しぶりの早起きだったため、おとうさんは年代物のアナログ式目覚まし時計を使って起きようと思ったらしいのですが、

「使い方がわからなかった。」

と言いました。
f:id:umi-shibuki:20191230230825j:image

この発言は、これまでの言い訳タイプとはちょっと違うんですよね。
おとうさんが自分でも(なんかおかしいな)と感じている風です。


病院に持って行く書類や荷物はおとうさんががんばって準備してくれたので、夫にも中身を一応確認してもらったところ、やはり現金をはだかでかばんに入れていたのに驚き、これはいつか落とすと言ってました。


そのあと、おとうさんは家から出るのもひと苦労で、なんと靴が履けなくなっていたのです。
玄関にはシューヘルパーがあるのですが、それさえもうまく使えないレベルです。
そもそも靴に足が入れられない感じ。

夫はしばらく様子を見ていましたが、結局手伝って履かせていました。


ついこの間まで、私たちが車の中で待機していればおとうさんが来てくれるのが当たり前だったのに、うそみたいな光景です。


玄関からマンションのエレベーターを降りて、その後道路まで数段の階段が下りれなくなっていたので、地下までエレベーターを利用してから、上りのスロープをゆっくりつまずきながら歩いて、ようやく道路に出ました。

足が上がらないので、車に乗せるのも大変。

出発するまでに夫が相当疲れているのがわかりました。

ここまでのおとうさんは初体験ですからね。


ということで、病院に到着してからの話はまた次回に書きたいと思います。
ここまでお読みいただきありがとうございました。