海野しぶきブログ 親二人、無事に見送りました

アルツハイマーでゆっくり逝った義母といろんな病気で慌てて逝った義父の介護備忘録

2018年8月27日、義父白内障手術日。私が不登校ひきこもり娘と親二人の介護から身につけたワザ

今回の記事は、前のライブドアブログ(消しちゃったけど)でアップした記事をそのままお届けします。

当時は娘のことも合わせて大変過ぎて、義父が入院して骨折した事実だけをお伝えしたあと細かいことは全然書けず、この記事にすっ飛んでいった感じでした。


それでは、この先は当時のままの文となります。



夫の親の介護を続けて10年近くになります。

義母は潔い性格なのか、70代に入って間もなく認知症となりました。

病気と老いがいっぺんに来て、長い年月をかけてからだが衰えたので、家族はみなゆっくりした時間の中で覚悟ができました。


義母は、結果的に医療の力を借りず、自然に死を迎えました。


あれから一年です。

 


一方義父は、その一年の間に大きな病気が続き、最新医療の力を借りて生き延びました。

ところがその後まもなく、頭の老いとからだの衰えがいっぺんにやってきた感じです。


人が年老いて命を終えるのは、ごく自然のなりゆき。

というより、長生きして自然な死を迎えられるのは、ある意味幸運。

悲しいこととはちょっと違うんだよな、というふうに思っている私たち夫婦。


なので、義父の急激な衰えにも、あまり悲観していません。


先日、ちょっとここでは書かない方がいいだろうな、ということを、お見舞いした後に家に帰ってから夫婦でしゃべっていると、娘に

「ブラックジョークがすぎる!」

と言われてしまいました。(^◇^;)


それで家族3人、さらに大笑いとなったわけですが…。

 

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私は娘に、

「大変なことほど笑い飛ばすようにしてんのよ。」

とハグしながら言いました。


義父のことにしろ、ひきこもりの娘のことにしろ、深刻な話題ほどユーモアにした方がいいんです。


これは、どん底を知ったからこそ、できるようになったこと。


どんなに眉間にしわを寄せて、うつむいて、頑張って悩んでいたって、ネガティブな言葉ばかりが心にうずまき、口から出ているうちは、問題は解決していかない、っていうことがわかったから。


あえて、笑い飛ばすんです。


そのためには、つい口をついて出てきそうな文句を飲み込んで、頭の中でぐるぐるっと、思考の転換をしないといけませんね。

それも会話の流れを止めないように、ひと呼吸の間にしないとならないのです。


簡単にできることではないかもしれません。

でも、こうして練習を重ねて、人は、強く、たくましく、ポジティブになっていくのだと思います。


私が率先してやっているうちに、最初のうちは笑ってくれなかった夫も、次第に笑えるようになりました。

最近では、夫も自ら笑い飛ばす力を身につけています。


夫婦で笑い飛ばすことができるようになると、家の中で笑い声が増えますから、自然と娘にも笑い声が届くようになります。

家の中の笑い声が日常になると、娘も今回のように飛び入り参加して、一緒に笑うようになります。


「親からは話しかけない」を実行していても、向こうから参加してくるのです。


親子で笑っていると、別の部屋で寝ていた犬も参加してきます。

そこでまた、家族みんなで犬を囲んで笑いが起きます。


とても幸せな一瞬。


あら?

私たち、大変なのよね?

ま、いいか。

こんなふうに家族でほっこりできたんだから。


…と、なりますよ(^^)




以上です。

これは、2018年8月27日、入院中のおとうさんが右目の白内障手術をした日の夜にアップした記事でした。

結局、手術のことは誰からも何の連絡なかったけど。ま、いいか!