海野しぶきブログ 親二人、無事に見送りました

アルツハイマーでゆっくり逝った義母といろんな病気で慌てて逝った義父の介護備忘録

2018年9月初旬。義父、施設へ体験入所から本契約へ

2018年8月半ば、白内障の手術のために入院したら、なんと初日に転んで背骨の圧迫骨折で歩けなくなり、結局義父の希望で退院と同時に介護施設に入所したのが8月の最終日でした。

千葉のわが家の近くにある、前年亡くなった義母がお世話になった介護施設が満室だったため、長男のいる神奈川県に移りました。


私は、この夏の義父の急激な衰えから、何かと用事があって週に5日くらい義父宅に通っていた生活から一変、長らく続いていたお世話が突如として終わりを告げたのです。


2018年の夏は、私はひきこもり娘の高認受験宣言にびっくりさせられ、義父には振り回されたあげくに遠くに飛ばされた感覚で、あまりの生活の変化にポカンとしちゃってました。

実際はおとうさん宅の引越しそのものはまだ残ってましたが、なにせ本人がいないので緊急性もなければ切迫感もなく、不思議な感じだったのです。


ただ残念だったのは、これまで培ってきた、義父と私のチームとしての信頼関係が崩れてしまったこと。

義母が認知症とわかってから10年間、結果的に私が一番気をつけていたのは、一人暮らしをしていた義父の精神面のサポートです。

 

私と話すと一番ホッとする、と言ってくれるほど信頼してくれていたのに…。

義母の一周忌以降、義父にとって私は「怒る人、注意する人」となってしまいました。

 


入院、施設入所と大きな環境変化が続きました。
高齢者の脳にとって、良いわけがないんですよね。

おとうさんも、明らかに混乱が続いています。

 

病院に入院していた時は、息子たちに夜中や明け方に電話して、「早く施設に入りたい」と訴えていましたが、入所したら入所したで「元に戻りたい」と電話してました。


2018年9月4日(火)の夜、義兄からのラインに、千葉の地域包括支援センターの担当者さんから電話があったと報告がありました。

おとうさんは、担当者さんには「ここにいるしか方法がない。」と話したみたいで、長男は「施設に入ることはやむを得ないと感じているようです。」
と書いていました。


息子たちには「施設を出たい、戻りたい。」と言っていたわりに、他人にはこういうふうに言うんだ、とちょっと不思議に感じました。

もしやますます混乱しているのかと思いましたが、義姉によるとこの日は入所したての週末と比べてずいぶんはっきりしてきたそうです。


入院中に作った圧迫骨折用のコルセットを着用していれば、再び自分の足でゆっくり歩けるようにもなり、付き添いの人がいればトイレにも行けるとのこと。

これはすごい良いニュースだと嬉しくなりました。

 

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2018年9月6日(木)。
施設の一週間体験入所が終了し、本契約のため長男が手続きをしてくれました。


こういうふうになったのはとっても残念ですが、「一人で暮らせなくなったら施設」と言い続けてきた義父の願いは叶ったわけです。

ちゃーんと引き寄せているんですよね〜。
ただ、思いもよらないやり方、想像もしなかったタイミング、なんです。

私は、これこそ神さまのなせるワザなのかなぁと、自分を納得させようとしてしてました。


2011年におかあさんが入所した時は、アルツハイマーで本人の意思を確認できない状態だったので、家族に延命治療をどうするかの意思確認がされましたが、今回の契約時には施設側からは特にそういう確認はされなかったようです。

しかし私たちにはおかあさんの時の経験があるので、一応おとうさん本人の意思を確認しましょう、ということになってました。

おかあさんの介護中、おとうさんはたびたび胃ろうはしない、と言ってたのでそうだろうとは思っていましたが、長男が聞いてくれたところ、やはり胃ろうはなし、と確認できました。


実は、この確認が大正解!


そのわずか半月後に、医師から延命治療するのかどうか、聞かれることになったのです。

そんなこと、その時は誰も予想もしませんでしたけどね…。


ということで、この続きは次回にします。