海野しぶきブログ 親二人、無事に見送りました

アルツハイマーでゆっくり逝った義母といろんな病気で慌てて逝った義父の介護備忘録

2018年9月16日。義父、施設入所から半月、言葉が出なくなり救急搬送

前回の記事では、義父が入院している病院から直接介護施設に移動し、体験入所から本契約した話を書きました。
今回はその続きです。


2018年の9月12日(水)。
義父がわが家の近くにいた時にお世話になった地域包括支援センターの担当者さんが私に電話をくれました。

急な展開になって引っ越されたので、おとうさまにご挨拶もしていないから直接電話をかけても構わないか、という内容。

「もちろんどうぞ」とお答えしましたが、私が電話をしても出ないし、ラインも見ないので、どうなるかはわからないことも伝えました。


ところが、またその担当者さんから電話があり、たった今おとうさんと直接話したとのこと。

その内容よりも、おとうさんが電話に出たことにびっくりして、私もすぐにかけてみたんですけど、やっぱり出ず…。

もしかしたら、私からの電話だから出なかったのかなぁ、と少々へこみました。


この日の夜、おとうさんの住民票を千葉から神奈川に移す打ち合わせをブラザーズのライングループでしました。

先ほどの担当者さんから、介護保険の件で区分変更届けを出して、今の要支援1から変えた方がいいと言われたからです。

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千葉からの転出届でおとうさん本人のサインが入った委任状がいるため、翌日9月13日(木)には義兄が委任状を持って施設を訪れ、おとうさんに名前だけ書いてもらいました。

 

手に力が入らずペンを持つことも難しくて、住所欄まで全部を書くのは無理だったため、本当に名前だけ。

でも、かろうじて漢字で正確に書けているのを写真に撮ってラインに添付してくれました。

あとの部分は義兄が記入し、私が役所に提出する手はずになりました。

 


その2日後の9月15日(土)、長男夫妻が千葉のおとうさん宅に来て、おとうさんから頼まれた洋服や布団、お位牌などを持ち出したついでにわが家のポストに寄り、その委任状を入れておいてくれました。


その翌日、9月16日(日)のことです。

義父は病院に救急搬送されました。

朝突然声が出なくなり、しゃべれなくなったそうです。

症状は失語症、構音障害。

脳梗塞を疑い、入院した病院でMRI、CTの検査を受けました。


前日の9月15日までは施設の人に付き添ってもらいながら歩き、自分で食事もし、おしゃべりもしていたのに…。

立つこともできず、飲み込む力も弱くなり、ほとんど眠っていて家族のことも認識しているかわからない状態になってしまったのです。


9月19日(水)。
検査の結果から脳梗塞の兆候はなく、認知症が進んだのでは、という説明だったと義兄からライングループで報告がありました。


翌9月20日(木)に夫がお見舞いに行きましたが、確かに認知症の人のような顔つきになっていて、看護師さんから名前を呼ばれても返事もしなかったそうです。


救急病院だったため、胃ろうや点滴で延命治療をするなら転院、積極的な治療をしないなら退院、と言われました。

それで、9月6日に施設と本契約した際に胃ろうはしないと決めていたおとうさんの意思を尊重し、9日間の入院は終わったのです。


9月25日(火)。
退院し、介護施設のドクターが診察してくれたところ、MRIには映らないてんかん、もしくは一過性脳虚血発作だったのではないか、と言われたそうです。

点滴はしていないので、自力で水分と栄養を摂取するしかないのですが、退院してからの方が反応がよく、笑顔が出るようになったと義姉が報告してくれました。


2017年に他界した義母は、認知症だと診断されてから歩けなくなり、寝たきりになるまで数年かけてゆっくりゆっくり進みました。

ところが義父は、施設に入所してわずか半月です。
数日前まで字も書けていたのに…。


その年の暑い夏、熱中症になりながらウォーキングをやめてくれなかったあたりから、心配の元はありました…。

それにしても2カ月しか経っていないのですから、その速度に驚きでした。


義父の場合、原因はこれ、と断定できるものではなく、せん妄も、認知症もあったでしょう。
そこに施設のドクターの言うとおり、一過性脳虚血発作が起こって言葉が出なくなったのかもしれません。


それにしても、9月13日に書いてもらった転出届の委任状のサインは、これ以上ないほどギリギリのタイミングだったと、この記事を書いていてわかりました。

おとうさんの人生で最後に書いたのは、自分の名前でしたね。


住民票の転出届は、義兄の事務的な希望で9月15日を転出日としました。

今になって、その日がおとうさんが自分で歩き、意思を伝えられた最後の日だったと気づきましたよ。

つくづく、不思議な気持ちになりますね〜。


ということで、今回はここまでとします。
続きはまた次回に!