海野しぶきブログ 親二人、無事に見送りました

アルツハイマーでゆっくり逝った義母といろんな病気で慌てて逝った義父の介護備忘録

2018年9月29日。約1か月ぶりに義父に会う前日に私が思っていたこと

2018年8月31日に白内障の手術をした病院から退院し、直接介護施設に入所した義父。

半月後の9月16日の朝、突然しゃべれなくなって救急病院に入院。

積極的な延命治療を望んでいなかった義父の意思を尊重し、9月25日に退院して施設に戻りました。


施設で出迎えてくれたホーム長さんが

「私のことわかりますか?」

とあいさつしたら、おとうさんは救急病院に入院した以来初めて声を出して

「わかる。」

と言ったそうです。


ブラザーズの話し合いで、9月30日(日)に長男夫妻と私たち次男夫婦が施設で集まることになりました。


今回の記事は、その日を翌日に控えた9月29日の夜に、前のライブドアブログでアップした記事をそのままお届けしたいと思います。


以下からがその記事です。



人は、この世に生まれたからには、絶対に死にます。

生まれる時は、必ずお母さんのからだから出てくる、という共通点があるものですけど、この世の去り方は本当にいろいろですね。


年をとってからだの機能が衰えていくのは、それこそ寿命として受け入れやすい亡くなり方だと思います。

が、それでも、医療が発達した今の社会では、まるで老いることが病気のように感じている人も多いような気がします。


日本では、今から50年ほど前まで、自宅で亡くなる人と病院で亡くなる人が半々くらいだったようですが、その後病院で亡くなる人が約8割に達したそうです。

欧米諸国は病院で亡くなる人は5割前後ということですから、いかに日本が延命治療に熱心だったかが分かると思います。


ここ数年は、日本でも延命治療を望まず、自然な死を迎えるために自宅や施設で亡くなる方も増えてきているとのこと。

わが家でも、前の年に亡くなった義母を施設で看取りました。


義母は、食べ物も飲み物も受け付けなくなってから数日かけてからだの浄化をし、お顔もお肌もスベスベのピカピカのまま、全く苦しむことなく、スーッとさよならしていきました。

点滴もしていなかったのでむくみもなく、本当に枯れるように、見事なまでの美しさでした。


死因も「老衰」です。


病院で亡くなっていたら、もしかしたら病名を付けられていたかもしれませんね。
実際病気はいくつかあったわけですから…。


義母を看取ったときに、施設のケアマネさんが言ってました。

人は、本当にその人らしく亡くなっていくんだそうです。

性格が出るんですって。

 

義父は、せっかちさんですからね。

義母が8年くらいかかった状態まで、わずか2ヶ月で進みました。

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さて、明日はいよいよお見舞いです。

夫が、私を義父と会わせない方がいいと判断してから1ヶ月。

こんなに早く、また会えるとは思ってもいませんでした。


明日は、どんな話ができるかな。

私はちゃんと感謝の気持ちを伝えられるかな。

まだ最後にならなければいいな。

 

いろんな思いがめぐっています。




ということで今回の記事は以上です。
お読みいただきありがとうございました。  

お見舞いした感想は、また後日ブログしますね。