海野しぶきブログ 親二人、無事に見送りました

アルツハイマーでゆっくり逝った義母といろんな病気で慌てて逝った義父の介護備忘録

2018年9月30日、台風の日。義父との再会で見た涙

2018年当時、私は千葉で思春期ブルー相談室の活動として、2カ月に一度不登校の子を持つお母さんが集まるおしゃべり会を開催していました。


2018年の9月30日は、そのおしゃべり会の予定だったのですが、義父危篤で一族集合のためやむなく中止。


その日の朝は、前の晩から続いていた台風24号の影響で、わが家のベランダもこれまで経験がないほどの荒れぶりでした。

交通機関もだいぶ影響を受けていたので、もし義父のことがなくてもおそらくおしゃべり会は中止せざるを得なかったと思います。

不思議なもので、義父のことに集中できるように、お天気まで仕組まれたような日でした。


その日より前、私が最後に義父に会ったのは1カ月以上前の8月25日で、白内障の手術で入院していた病室で、介護施設入所の面談があった時です。

その時に、私に会うと混乱に拍車がかかる父親を見て、夫が会わない方がいいと判断しました。


そして施設に入所して半月、義父は突然しゃべれなくなってしまったのです。


緊急搬送された病院にお見舞いに行った夫によると、ほとんどずっと眠っていたそうです。

時おり目を開けて、びっくりしたような表情を見せるけれど、息子だとわかっているとは思えなかったとか。


そのときの写真も見せてくれましたが、何かしら脳に損傷があるだろうな、という印象でした。


突然の入院から毎日ようすを見てくれている義兄夫婦によると、特別な延命治療はしないと決めて退院し、施設に戻ってからの方が、飲む量も食べる量も増えているとのこと。

日に日に意識もはっきりしてきて、それとともに笑顔も出るようになったそうです。


そこまでの情報があり、義父が白内障手術での入院中から、約1カ月ぶりに会いに行きました。


しかし、義父からすっかり嫌われていた私は、今回のお見舞いでも嫌がられるんじゃないかと覚悟していたのです。

 


台風も去ってよく晴れたお昼ごろ、私たち夫婦は初めて施設を訪れました。

ベッドに寝ているおとうさんに私と夫が顔を近づけてあいさつすると、目を開けて、二人の顔を交互に見たおとうさん。

私たちを認識しているようで、笑顔で迎えてくれました。

声は出ず、息の音で「あー」と言っています。

私たちが「わかる?」と聞くと、うなずいてくれました。

 


しばらくは先に到着していた長男夫妻が入れ替わりおとうさんにあいさつしたり、スタッフや看護師さんが出入りしたり、長男がおとうさんの家から持ち出して来た古い写真を見たりして、ワサワサと過ごしていました。

騒々しいからなのか、おとうさんも目を開けていて、腕をよく動かしています。

 


ちょっと落ち着いてきたころ、私がベッドの脇に置いたイスに座っておとうさんを覗き込んでいると、

私に向かって息の声で

「話がある。」

と言い出しました。


「話があるの?」

と聞くとうなずきます。


みなでおとうさんに注目し、耳をそば立てて聞いています。


でも、その先の言葉は息の音が判別できず、言いたいことはわかってあげられませんでした。


「わかんなかった!もう一回言ってみて!」

とお願いしましたが、チャレンジはしてくれません。


「ごめんね。」

と謝りながら私はおとうさんの手を握りました。

 

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するとおとうさん、空いているもう片方の手で私の頭を引き寄せ、チョンと撫でて、目と鼻を赤くして泣き出しました。

初めて見るおとうさんの泣き顔を見て、私も涙が溢れてしまいました。

 


私は、

嫌われてしまったと思ってたから、もう会えないと思ってたこと。

毎日おとうさんのことを思っていたこと。

おとうさんが大好きなこと。

また会えて嬉しいこと。

家の手続きから何から何まで息子たちがやってくれたから、あとのことは何も心配いらないこと。

ひきこもりの娘が高卒認定の勉強頑張っていること。


こういうことを、泣きながら話しました。

 


途中、兄夫妻は気をつかって席を外してくれたので、おとうさんと私たち夫婦の3人で少しの間過ごしました。

狭い部屋ですが、3人になってみると急に静かな空間になりました。


そして、しょっちゅう3人で楽しく会話して過ごしていたことが、急に懐かしく思い出されました。

もう、ゆっくり時間をかけてお酒を飲みながら食事をすることもないでしょう。
犬の散歩の途中でおとうさん家に寄り、おしゃべりを楽しむこともできません。

 


おとうさんは、息の音で「予想と違う」みたいなことを言っているようでした。

「そろそろ」とも言っています。


夫と2人で考えながらおとうさんに聞き返しますが、返事はなし。

耳が遠くて声が聞こえないのかもと思いましたが、住民票の異動が済んでいることや、家の引き渡し手続きも長男がやっていることを伝えると、目を大きく見開いて(そうなの?)みたいな顔をしていたので、どうやら私の声は聞こえているみたい。

 


本当はおとうさん、施設はやっぱり嫌だったのだと思います。
倒れる前に夫に電話してましたから。

入院中はあれだけ施設に入ることを切望していましたけど、入ったら入ったでプライバシーがなくて自分のペースで生活できないのが辛くなっちゃったんでしょう。


でもね、延命治療をしないと決めて施設に戻ってきたおとうさんにそのことを指摘しても何にもなりませんからね。

夫も私もその点については触れませんでした。

 

 

そして私は、

おとうさんはこれまで十分頑張ったし、
二人のいい息子を育てたんだから、それでいい、
おとうさんとおかあさんは私の理想の夫婦、私たちは二人を目指して、これからも頑張ります、

と伝えました。


それから、

「今まで本当にどうもありがとう。」

と、

「また来るね。」

も。

 


言いたいことは言えたような気がしますが、おとうさんが言いたいことは聞き取ることはできなかったので、それは申し訳なかったなー…。

でも、イライラしたようすはなかったし、お顔も穏やかだし、不安そうでもなかったので、よしとしよう!と思いました。


それに、私ももう嫌われてはいないような気がしました。

 


最後に私たちが部屋を出るとき、おとうさんの方から

「ありがとうね。」

とあいさつしてくれました。


声とはならず息の音ではありましたが、自然に出てきた言葉で、いつものジェントルマンなおとうさん。

これが、とってもとっても嬉しかったです。

 


そして私は、夫と長男夫妻に、

「仲直りできたと思う!」

と、自信を持って言えたのでした。

 

 

ということで今回の記事は以上です。
お読みいただきありがとうございました。