海野しぶきブログ 親二人、無事に見送りました

アルツハイマーでゆっくり逝った義母といろんな病気で慌てて逝った義父の介護備忘録

別れのあいさつとお迎えの話

義母がアルツハイマーになって寝たきりとなり、そろそろ覚悟が必要だな、となってから、お迎えに関する本を読みました。

 


「お迎え」されて人は逝く 終末期医療と看取りのいま (ポプラ新書 66) [ 奥野 滋子 ]

 

 この本を読んで大いに納得し、義母が亡くなる時は、誰が来てくれるのかなー、きっとおかあさんがすぐわかる人なんだろうなー、と楽しく?待てるようになったものです。


2017年8月、義母が亡くなった時は、危篤状態になってから5日間頑張りました。

【そのときの記事はこちら】

oyamiokuri.hatenablog.com

 


この5日間、蜂窩織炎(ほうかしきえん)で入院中だったおとうさんが病院に戻り、私が部屋でひとり静かに見守りをしていたら、おかあさんが両目を開けてくれたことがあったんです。

もう数年ほとんど起きることもなかったので、久しぶりに目が覚めた顔を見ました。


ちょうどそのとき、清掃スタッフの方が部屋に入ってきて、びっくりしてます。

「私はもうここで3年以上仕事してますけど、開けるとしても片目なんですよ。あら〜!
両目とも開けてるなんて、私は初めてみましたよ〜。」


ずいぶん長いこと両目でこちらを見てくれて、お口も動いています。

私は失礼してスマホで録画させていただき、あとからお見舞いに来た長男夫妻にも見てもらいました。


義母が目を開けたのはこの時だけ。

もしかしたら私に挨拶してくれてたのかな、なんて。


そのつもりで、私からもおかあさんにはたくさんお話しできましたし、お別れのあいさつもできたと思います。

 

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一方、おとうさんの看取りの時は、しゃべることはできなくなっていましたが、目は開いていますし、腕や頭も動かせました。

こちらの言っていることは理解しているようです。
ただ、おとうさんはかすれた息の声となってたので、残念ながら聞き取れない感じ。

 

oyamiokuri.hatenablog.com

 


この日、私たちがお見舞いに行っている間に、おとうさんは何度も天井の方を見て嬉しそうな表情をしていました。

一度は私に話しかけるようにして、「ほら」という顔で天井の方を手で指したりして。


そのようすを見て、長男夫妻は

「おかあさんが迎えに来てるんじゃない?」

と言ってました。


その時は「かもしれないね〜」と話を合わせておきましたが、帰りの車中、夫と私は、なんとなくおかあさんじゃなくて、おとうさんの雰囲気からすると、親代わりだったおじさんじゃないか、と話したんです。


昭和7年生まれのおとうさんは幼少のころ父親を亡くし、10代半ばに母親も亡くなっています。

18歳の時に集団就職で上京するまでは、年の離れた姉夫婦が親代わりとなって、経済的にも世話をしてくれたそうです。


その義理の兄が、数年前に亡くなっていたので、私と夫は、そのおじさんがお迎えに来てくれたんじゃないかと想像したんです。

 

それから数ヶ月後のこと。

そのおじさんの妹さんの旦那さん(義理の弟になるのかな)が、おとうさんより4カ月ほど前の6月に亡くなっていたことがわかりました。


おとうさんの義理の兄と、その義理の弟さんの二人は、いつも連れ立って遊んでいて、おとうさんにとっては憧れの存在だったんですって。


そのお二人には、数年前私たち一家とおとうさんで田舎に行ったときに実際お会いしています。

なので喪中ハガキで亡くなったことを知ってとてもびっくりしたんですけど。
おとうさんが入退院を繰り返していたので、あえて連絡してこなかったそうです。


それで、もしかしたら、おとうさんをお迎えしてくれたのは、そのお二人だったんじゃないかしら、と思いました。


私と夫は比較的最近会っていたので、おとうさんも「ほら見てごらん」みたいなようすで私たちに教えていたのかもしれないですよね。


なーんて。

 

今回はこんな話でした!


このブログはあと3回で終わります。