海野しぶきブログ 親二人、無事に見送りました

アルツハイマーでゆっくり逝った義母といろんな病気で慌てて逝った義父の介護備忘録

最期のときを、選べる生き方

前回の記事で登場した、地域包括支援センターのおとうさんの担当だった人がわが家に来たとき、こんな話を聞きました。


最期のときまで十分生ききった人は、その瞬間を、ある程度自分で選べるんだとか。

 


彼は、こんな経験を話してくれました。


以前看取りもする介護施設で働いていたときのこと。

夜勤当番だった日の夕方、そろそろだな、というおじいさんに呼ばれて、

「今日の夜勤はあなたなの?〇〇さんは?」

と聞かれたとか。


おじいさんが〇〇さんのファンだったことはそこでは有名な話なので、彼女の夜勤の日を教えてあげたら、おじいさん、

「じゃあ、今晩はやめとこうかな。」

と言ったんですって。


その時は(どういう意味だろう?)と、ちょっと怖くてすぐに返事できなかったそうですけど、考えれば考えるほど、(そういうことだよな〜)と…。


で、実際にそのおじいさんは、お気に入りのかわいい〇〇さんが夜勤のときに亡くなったんだそうです。

 


「似たような話は、この仕事をしていればみんないくつか持ってます。」

と話してくれました。

 

 

彼からこんな話を聞き、そういえばおかあさんもおとうさんもそうだったなぁと思いました。

 


律儀なおかあさんは、施設の方に桃のお中元をし、夏休み明けに出勤してくる施設のおかあさん担当の子を待って、お世話になったスタッフさん全員に会ってから逝きました。


さらに、見送る家族も、まるでおかあさんが選んだかのようだったんです。

 

 

その日、次男である私の夫は夏休み初日だったため、私たちは朝から施設で見守っていました。


ここまで5日間飲まず食わずでがんばってきたおかあさんも、昼過ぎに呼吸が弱くなり体温も下がってきたので、その日出社していた長男に連絡を入れました。

 

午後、会社を早退して都内から千葉まで駆けつけてくれた長男が到着すると、おかあさんは待っていたように呼吸が変わりました。

すぐに医師に診てもらったところ、あと20分、と言われたのです。


慌てて病院に入院しているおとうさんに電話をし、やっと通じた電話を切った途端、おかあさんはすーっと去っていきました。

 

 

ただ、ここだけの話。

実はおかあさん、長男の奥さんとはあんまり反りが合わなかったみたいで。
本人に直接何か言ったり、逆にお嫁さんの方から何か言われたり、ということはなかったのですが、そういうことだそうです。


まぁ、人間ですから合う合わないがあるのは仕方のないことだと思いますけど、おかあさんはそれを全く表に出さない人でした。

長男家と付き合いの薄いわが家は、あちらからも何も聞いていませんでしたから、お互いに距離を保っていたのかもしれませんね。


私が知ったのは、おかあさんが施設に入って寝たきりとなってから、おとうさんに過去の話として聞いたのです。


なんですけど。

おかあさんね、旅立ちの瞬間は、長男の奥さんがまだ到着していないときだったんです。
彼女が電車でこちらに向かっている途中のことでした。


たぶんおかあさん、意図的にそうしたんじゃないかな?

 

これは、私と夫だけのヒミツですけどね!

でも、意識がなくてもそういうことができるんだと思います。

 

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一方。

おとうさんのときは、前日にお風呂に入っておひげも剃ってもらい、子どもたちもみな集まりました。


おとうさんが逝ったのは、スタッフが仕事をスタートする朝の時間帯で、みなさんが入れ替わり顔を見せる間の、誰もいなかったたった5分の間のことでした。


元気なころから「なるべく迷惑をかけたくない」と言っていましたし、いかにもおとうさんらしい狙い方!

逝くところは誰にも見られたくないけど、なるべくすぐに見つけてもらいたかったんじゃないかな〜?


おとうさん、せっかちだから。


何時間も誰にも気付いてもらえないのは嫌だったでしょうし、笑顔のままだったのも、おとうさんのやりたかったことなんだと思います。

「笑って死にたい」って言ってましたから。

 

 

前におかあさんの施設のケアマネさんが、「いかにもその人らしく亡くなっていく」って言ってたんですけど、おとうさんもおかあさんも、実に「らしかったなー」と思います。


それに、認知症で意思の疎通ができないまま亡くなったとしても、たましいにはちゃんと意思があって、生きてるときにはできなかったパワーをつかい、いろんな現象を起こしていたような気がしています。


おかあさんなんて、7年くらい意思の疎通ができませんでしたが、最期はほんとにすごかったもの!

お天気まで操作してましたし。

辞めちゃったスタッフさんまで呼び寄せてましたから。

たまたま通りかかったんですって。


病気の肉体にくっついているたましいは不自由かもしれませんが、肉体から離れれば自由ですものね。

計画を練って、おかあさんなりに思う存分生ききったんだと思いました。

たましいになればこそ、やれることがあるんですね。


おかあさんの生きざま、おとうさんの生きざまを見て、今の私は認知症になるのも悪くないし、怖くもないんだな、とも思えるようになりましたよ。


ということで、今回はこんな話でした。

一応、このブログは次回でおしまいにする予定です。